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万 葉 集 を 読 む

壺齋散人の万葉集評釈





万葉集はわが国最古の歌集であり、世界的にも非常に古い詩集のひとつである。成立したのは、日本史で言えば奈良時代の終わりころであり、西暦で言えば八世紀の末にあたる。その時代に、民族の感性を集約したような歌集=詩集が編まれたというのは、非常に意義深いことである。ある意味で、中国の詩経国風に相当するものと言えなくもない。万葉集に盛られた歌の精神は、以後日本人の感性の原点となって、日本の詩歌の歴史を駆動していく原動力ともなった。万葉集は今日に至るまで、つねに民族の心を舞台にして、日々新しい意味を付与されているとも言える。つまり眠ることのない歌集なのである。

万葉集全二十巻に収められた歌の数は、およそ四千五百首。うち長歌が264首、短歌が4208首、旋頭歌が63首である(ほかに仏足石歌1首)。巻の構成は、大きくわけて、宮廷を中心とした名のある人々の歌を収めた巻(巻一から巻十まで)、柿本人麻呂歌集ほか名もなき人々の歌を集めた巻(巻十一から巻十四まで、この中には東歌が含まれている)、遣新羅使など特定のテーマに特化した巻(巻十五と巻十六)、大伴家持の私家集と思われるもの(巻十七から巻二十まで、このなかには防人の歌が含まれる)からなる。

万葉集を今日ある形に最終的にまとめたのは大伴家持と考えられる。家持は宮廷官人としての立場から、宮廷を中心に伝わって来た歌集を入手したのだと思われる。巻一から巻十までがそれにあたるのではないか。これに柿本人麻呂歌集や、名もなき人々の歌を集めた歌集、及び自分自身の私家集を加えて、今日あるような形に最終的にまとめたのであろう。

万葉集の読み方は色々あってよい。巻を追って読むのも無論よいが、歌人ごとに分類して読むのもよいし、また時代区分に従って読むのもよいだろう。あるいは、四季とか草花とか特定のテーマに従って読むのも悪くない。読み方ごとに違った発見ができると思う。

万葉集は、日本最古の歌集ということもあって、これまでの歴史のなかで、さまざまな役割を果たして来た。日本人の感性の原点として、日本文化を論じる際の参照軸とされたこともあったし、家持の「うみゆかば」の歌のように、国家への忠誠心の高揚に利用されたこともあった。最近では、令和という元号の典拠としての役割を持たされた。万葉集の持っている特別な価値が、そうした動きを招き寄せるのかもしれない。もとより万葉集は文学作品であって、政治とは距離を置いて受け取るべきである。政治的な意図を込めずに、虚心坦懐に読むことが、万葉集の読み方としては、最低限求められる姿勢であろう。ここではそんな虚心坦懐な読み方を心がけながら、万葉集の歌々を読み解いていきたい。







作者:壺齋散人(引地博信) All Rights Reserved (C) 2007
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