万葉集を読む

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夏の草花:万葉集を読む


夏の草花の代表といえば、あやめぐさ(菖蒲)とその仲間である杜若だろう。万葉集では、菖蒲は十二首(うち長歌七首)、杜若は七首収められている。初夏の花ということで、やはり初夏の花である卯の花同様、ほととぎすと一緒に歌われることが多い。次の歌はその一つ。
  霍公鳥いとふ時なしあやめぐさかづらにせむ日こゆ鳴き渡れ(1955)
ほととぎすを厭うときなど無論ないが、特にあやめ草を鬘にする五月の節句には、是非ここに来て鳴き渡っておくれ、という趣旨。ほととぎすとあやめ草が端午の節句を通じて結びついているわけであろう。

次は杜若を歌った歌二首。まず片恋の歌。
  我れのみやかく恋すらむかきつはた丹つらふ妹はいかにかあるらむ(1986)
私だけがこのように片思いをしているのだろうか、杜若のように華やかなあの娘は、どんな気持でいるのだろうか、私を愛してくれているのだろうか、という趣旨。

これは自分の恋が片恋ではないことを祈る歌だが、次の歌は、片恋を嘆いている歌である。
  かきつはた丹つらふ君をいささめに思ひ出でつつ嘆きつるかも(2521)
かきつばたのように華やかなあの娘を、ふと思い出しては嘆いている、という趣旨の歌で、一方的な片思いを歌ったものだろう。これら二つの歌ともども、華やかな印象の乙女を杜若に喩えている。おそらく白い杜若ではなく、紫色の杜若に違いない。

百合は夏の盛りに咲く花で、小百合といわれるように、可憐さが人の心に訴える。万葉集には百合を詠んだ歌が十一首収められている。まず一首、
  夏の野の茂みに咲ける姫百合の知らえぬ恋は苦しきものぞ(1500)
夏の野の繁みにひっそりと咲いている姫百合の花のように、人知れずひっそりと思う片恋は苦しいものです、という趣旨。ここでは姫百合は、夏の野にひっそりと咲いているイメージで捉えられているが、百合の花というのは強い芳香を放ち、遠くからでもすぐわかるものだ。

次は、ひじ鉄砲を食わされる話。
  我妹子が家の垣内のさ百合花ゆりと言へるはいなと言ふに似る(1503)
我が思い人の家の垣根に咲いている百合の花、その百合にことよせてあなたはゆり(あとで)と言った。それはいやです、という意味ですか、と女に向かって男が問いかけた歌だ。「ゆり」には「後日」と言う意味があるので、「ゆり」と言われて「またあとでね」と言われたと思ったのであろう、この歌を詠んだ男は。

次は、百合で作った髪飾りを詠んだ歌。大伴家持の作だ。
  油火の光りに見ゆる吾がかづらさ百合の花の笑まはしきかも(4086)
油火(灯火)の光に映えて見える私のこの百合の髪飾りは、とてもほほえましいでしょう、という趣旨。家持が越前の守だったときに、地元の有力者秦伊美吉石竹から宴会に招かれた。その時に主人が百合の花で作った髪飾りを客に贈った。贈られた家持がそれに応えてこの歌を詠んだというわけである。百合の花の髪飾りというのが面白い。万葉時代には男でもそんな飾りをつけて喜んでいたらしい。

芙蓉の花を、万葉の時代にはかほ花と呼んだようだ。これも夏の盛りに咲く。万葉集には、この花を詠んだ歌が四首収められている。次はその一つ。
  高円の野辺のかほ花面影に見えつつ妹は忘れかねつも(1630)
高円の野辺に咲くかほ花のような、あなたの面影がちらついて忘れられない、と歌ったもの。これも大伴家持の歌だ。贈った相手は、彼の妻である坂上大嬢。家持のまめな性格が伝わってくる。

蓴菜は、睡蓮に似た小さな花で、夏の間中水面に浮かんでいる。朝方花を開いて、午後にはつぼんでしまう。なかなか見所のある花だ。万葉集には、蓴菜(ぬはな)を詠んだ歌が一首だけある。
  我が心ゆたにたゆたに浮蓴辺にも沖にも寄りかつましじ(1352)
わたしの心は、たゆたに水にゆれて浮いている蓴菜(ぬはな)のように、岸辺にも沖にもどこへにも寄り付くことがないのです、という趣旨。わたしに言い寄っても無駄ですよ、というわけだろうか。

次は紫陽花を詠ったもの。万葉集には二首ある。そのうちの一つ。
  紫陽花の八重咲くごとく八つ代にをいませ我が背子見つつ偲はむ(4448)
紫陽花の花が次々に咲き誇るように、あなたがいくひさしく栄えることをお祈りしています、という趣旨。左大臣橘諸兄の作。左大臣がこのように呼びかける相手とは、おそらく皇族なのだろう。

夏の草花の最後に、これは草花とはいえないかも知れぬが、つつじを詠った歌を一首。
  風早の美穂の浦廻の白つつじ見れども寂しなき人思へば(434)
風早の三保の浦に咲く白つつじをみると、とても寂しい気持になる、死んだ人のことが思い出されて、という趣旨。作者は河辺宮人、紀伊の三保の松原で乙女の死体を見て詠んだ歌だと詞書にある。





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