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七夕を詠む(二):万葉集を読む


万葉集巻八秋雑歌に収められた一連の七夕の歌は、柿本人麿歌集所載のものに続いて、作者未詳のものが並ぶ、そのいくつかを紹介する。まず、次の歌。
  天の川霧立ちわたり彦星の楫の音聞こゆ夜の更けゆけば(2044)
天の川には霧が立ち込め、その中から彦星の楫をこぐ音が聞こえる、夜が更けたからだ、というもの。七月七日の夜が更けて、いよいよ彦星が織姫星にあうために、楫をこいで天の川を渡るのだ、という予感のようなものを詠ったもの。非常に素直でよい歌だ。

次も、彦星が天の川を漕ぎ渡るところを詠ったもの。
  この夕降りくる雨は彦星の早漕ぐ舟の櫂の散りかも(2052)
七月七日のこの夕べに、天から降ってくる雨は、彦星が天の川を楫でこいで渡る水のしぶきだろうか、という趣旨。これは雨の降る夜に、天の川を想像して詠ったものだろう。雨が降っていてはおそらく天の川は見えないだろうから、そこは想像で補わねばならぬ、というわけであろう。

次は、織姫星の、機を織るという仕事に関連させて詠んだもの。
  機物のふみ木持ち行きて天の川打橋渡す君が来むため(2062)
機物は、織機のこと。その織機の付属物である踏み木を持っていって天の川に渡すのは、夫がこちらへ渡ってこられるようにです、という趣旨。踏み木の板を橋がわりにして渡し、それを渡ってこちらへ来て欲しいという気持を詠ったのだろう。なお、川に橋の代わりを打ち渡し、それを渡ってきて欲しいと歌った例としては、大伴坂上郎女から藤原麻呂にあてた歌がある。「千鳥鳴く佐保の川門の瀬を広み打橋渡す汝が来と思へば」(4528)

次も、天の川にわたす橋を詠ったものだが、これは織姫が彦星を渡すためではなく、織姫を渡すための橋だ。
  天の川棚橋渡せ織女のい渡らさむに棚橋渡せ(2081)
天の川に棚橋を渡しなさい、織女が渡れるように、さあ棚橋を渡しなさい、という趣旨。棚橋渡せ、と同じ句を繰り返しているのは、この歌が民謡のような古さをもっていることの現われだろうと思われる。

巻八には、山上憶良の七夕の歌が十二首収められている。次はその冒頭の歌。
  天の川相向き立ちて我が恋ひし君来ますなり紐解き設けな(1518)
天の川を隔ててこうして向き合って立っているのは、私の恋しい人が来るからです、さあ紐を解いてあの人を迎える準備をしましょう、という趣旨。紐を解くとは、衣を縫いで寝ることを意味する。憶良らしく率直な詠いぶりだ。

次も憶良の七夕の歌。
  霞立つ天の川原に君待つとい行き帰るに裳の裾濡れぬ(1528)
霞が立ちこめる天の川の川原に君を待ちながら行ったり来たりするうち、裳の裾が濡れてしまいました、という趣旨。これは、彦星を待ちかねてあせっている織姫の気持を、憶良が代って詠んだものだ。これもまた、いかにも憶良らしい歌だ。

巻二十には、大伴家持の七夕の歌八首が収められている。次はその一首。
  秋されば霧立ちわたる天の川石並置かば継ぎて見むかも(4310)
秋がくると霧が立ち渡る天の川に石を並べて置きましょう、そうすれば何度もあえるかもしれませんから、という趣旨。これは板の打橋の代りに石を並べて、それを渡って行き来することを詠っている。これは、おそらく彦星の立場になったものと思われる。

次も家持の七夕の歌。
  秋風に今か今かと紐解きてうら待ち居るに月かたぶきぬ(4311)
秋風が吹くなか、今か今かと紐を解いて待っていますと、やっと月が傾いて夜になりました、という趣旨。夜が更けるのを待ちわびて、紐を解いて彦星の来るのを待ちわびる織姫の女心を詠ったものだろう。憶良とはまた違った味わいで、女心を詠う家持も、なかなか隅に置けない。





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